教育の未来を変えると思っているアダプティブラーニングの可能性と、学習状況+興味・性格に最適化されたアダプティブ・ラーニングについて書きました。
高専で5年間、テクノロジーを学んで、塾の講師を1年半やって、大学で教育学を専攻して、EdTechカンパニーでエンジニアとして働いて、セブの語学学校でマーケティングしてみて、ちょっと思ったことをまとめています。
アダプティブ・ラーニング(適応学習)とは
ブレンディッド・ラーニング(オンラインとオンラインの融合した学習)や反転授業に並んで、注視したいのが、適応学習(アダプティブ・ラーニング)。
適応学習(アダプティブ・ラーニング)の定義
【Knewtonの定義】
データをもとにパーソナライズされた経験を継続的に提供するもので,
生徒がシステムを使うたびにコンテンツやモデルをアップデートし, 最適な道筋をアップデートするもの
分かりやすくコトバンクから。
【コトバンク】
学習者の理解度や進度に合わせて、個別に最適化した学習内容を提供すること
(参考:コトバンク)
例えば、以下のような感じです。
- 学習者は一定でない自分のペースで勉強できおる
- 学習目標やアプローチ方法、教材・問題は、学習者ごとに調整されている
- いつ、どこで、どのように学ぶか選択できる
現代では、テクノロジーベースで展開されています。
アダプティブ・ラーニング=バルカン教育
僕はアダプティブラーニングを「バルカン教育」(バルカン星の教育)と勝手に読んでいます。
スタートレックに出てくるミスタースポックはじめ、バルカン星人が受けてきた教育で、コンピュータが一人の子どもに問題を出し、子どもが答え、その正否をコンピュータが答えるというもの。
ちなみに、バルカン星では音声認識システムを用いたコンピュータベースの対話型だが、今の地球で音声認識システムを用いた対話型のアダプティブ・ラーニングは多分まだ。
アダプティブ・ラーニングの代表:Knewtonとかatama+
アダプティブ・ラーニングの代表といえば、「Knewton」。
設定して学習上の目標に向かって、過去の学習履歴や現在の理解度に基づいた学習ステップが提案される。
日本ではClassiやatama+が有名。
atama+は、「得意」「苦手」「伸び」「つまずき」「集中状態」などのデータをAIが分析し、学習者個人に適した「専用レッスン」を作成することで学習を効率化できる中高生向けタブレット型教材を提供している。
学習状況に最適化されたアダプティブ・ラーニング
多くあるアダプティブ・ラーニングプラットフォームは学習状況にアダプティブである。
先述のatama+の「『得意』『苦手』『伸び』『つまずき』『集中状態』」など、今学習者がどのような学習状態にいるのかを分析している。
個人の習熟度に応じた学習ステップが提案される。
学習状況+興味・性格に最適化されたアダプティブ・ラーニング
理解度、得意な問題形式などの学習に関するデータに加え、興味・性格に最適化された大和型のアダプティブ・ラーニングが個人的な理想。
点Pではなく、ドリブルする翼くんとサッカーボール
既存の適応学習プラットフォームで、どのタイミングで点Pが動く問題を学習者に解かせば良いか最適化されている。
さらに学習者個人の興味に対応し、無機質な点Pではなくて、ドリブルする翼くんとサッカーボールであればどうだろう。
サッカーをしている学習者はより現実性と興味のある問題を通じて、楽しく学ぶことができる。
難易度が高すぎるというモチベーション向上の阻害要因を取り除いた上に、興味があるというモチベーション向上の要因を付加できる。
「めっちゃ褒める」ではなく、「ちょっと褒める」かも
学習状況、興味に加え、性格にも適応した適応学習プラットフォームに進化させたい。
めっちゃほめられて伸びる学習者と、ちょっと褒めることで伸びる学習者など、同じ学習状況・興味であっても個人の性格によって、同じ教育手段による学習効率は変化する。
学習者の性格にも最適化されるのが理想。
アダプティブラーニングの可能性
あらゆる変数に最適化されたアダプティブ・ラーニングができあがると、絶対勉強が楽しくなるよね。
野球のボールのスピードを計算する、ちょうど頑張ったら溶ける問題が出てきて、正解したら必ず良いかんじにほめてくれるとか、絶対楽しく勉強できるやん。
やっぱり学習状況だけじゃなくて、性格や興味に最適化された学習の方がより良いよね。
1対1の教育環境を実現したい
楽しく勉強するためには、個人の「学習状況・性格・興味」などに適応する必要があると考えると、1対nの教育じゃ無理だと思うんよね。1対1にならないと。
やっぱ今のままの教育システムじゃ限界があるよね。
1対nシステムの限界
僕は地元の公立小・中学校と偏差値64の高専と偏差値50の私立文系大学に通ったけど、どこも大体、誰かしら寝てるよね。
大体こんな感じやん。
高専とか賢い子(勉強に熱心な子)の集まりだったけど、5分の3くらい寝てる授業とか普通にあるよね。教授だけ前で喋ってる。
でもこれは生徒も先生も校長が悪くないんよね。だった個がいくら努力したって学習者との相性なりなんなりで、全員が嬉々として学べるようになるとは思わないんよね。
つまり、システムに問題がある。
いくら先生が楽しい授業を提供しようとしたって少なからず寝る子はいてるし、それと、そのような(超優秀な)先生は少数は出てきても、全員がそんな先生になれる未来見えない。
個別最適化と教育予算
じゃあどうやって学習状況を改善すれば良いのって思ったら、生徒1人に先生一人を付ければ良いよね。
1人の先生がついたら、その子の性格やペース、能力、興味にあわして問題出してあげられるよね。
でも現実的にそんな教育予算ないよね。ということは、今のままの教育システムじゃ何百年経っても1対1は実現しない。
予算的に、30人の1クラスに先生30人も配置できないないから、個別最適化された教育を理想とすると、1対nのシステムでは理想が実現しない。
けれど、今までは予算的に実現できなかったけど、AIテクノロジーの進展によって、可能性が見えてきている。
学習者のやる気の問題にしない
こんな風にいう先生少なからずいたけど、そうじゃないんよね。ただおもんないだけなんよね。
ゲームだったら心底やる気出して取り組むよ。面白いもん。
大切だとわかっていても、興味がなくて、分からなくて、嫌な風に問い詰められたら、そんなの誰も勉強しないって。
そんな問題を解決できる可能性があるのが、適応学習プラットフォーム。
6歳の子供が先生なしで学べる?
6歳の児童が機械で学べるわけないでしょ?どうだろうか。
6歳の子供は一人でゲームできない?答えはノー。
ゲームができる子供だったら、僕は大丈夫やと思うんやけどね。
まあ、年齢によって人間先生が必要な場面も多そうだから、機械と人間の割合を工夫する必要はありそうよね。
アダプティブ・ラーニング時代における人間先生の役割と分担
機械先生が実装できれば、人間先生との役割分担ができる。
教科指導は機械先生に。体育や音楽などの実技、理科の実験、グループクラス、メンタルカウンセリングや、キャリアカンセリングなどは専門の先生。
というような感じで役割を棲み分けできると良いね。
そんなの絵空ごとじゃん?
実現可能性について。理想ばっかり述べて、そんなの絵空ごとじゃんなんて。
どこまで最適化できるか分からないし、もし完璧に最適化できたとしてもシステムができあるがるのは何十年って先じゃん。なんて。
それは確かにそう。否定できない。けれど、本当の理想を追い求めてやっていきたいよね。という心境。