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2月21日の「国際母語デー」とは?概要や制定の理由を解説

2月21日の「国際母語デー」とは?何かについて書きました。

概要や制定の理由を解説しています。

大学でバングラディシュの独立について調査した関連で国際母語デーが出てきたので、整理してみました。

 

「国際母語デー」とは、母国の文化や言語を尊重する日

国際母語デーとは、「母国の文化や言語を尊重する国際的な記念日」のことです。

Wikipediaによると、以下のようにされています。

言語と文化の多様性、多言語の使用、そしてあらゆる母語の尊重の推進を目的として、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が1999年11月17日に制定した、国際デーのひとつである。

 

制定以来、「国際母語デー」が毎年祝われる

1999年に制定されて以来、2000年2月から毎年、国際母語デーが祝われています。

国際母語デーでは、言語および文化の多様性と多言語の使用が促進されています。

 

国際母語デーの英語:”International Mother Language Day”

国際母語デーは英語で”International Mother Language Day”と言われます。

直訳で「国際的な母語の日」です。そのままですね。

 

国際母語デー制定の理由

国際母語デー制定の理由についてです。

国際母語デーは「バングラディシュ独立運動」に由来

国際母語デーは「バングラディシュ独立運動」に由来します。

元々、バングラディシュはパキスタンから独立する前、東パキスタンという名前で、多くの人が「ベンガル語」を話していました。

しかし、力の強い西側パキスタンがパキスタン全体の「国語」を「ウルドゥー語」のみとして制定しようとします。

また、当時のパキスタン首相は西側の人で、

「州の言語を決めるのは州の住民であるが、パキスタンの言語はウルドゥー語である」

と発言し、東側住民の感情を逆なでしました。

その一ヶ月後に、多くの学生や住民らによるデモ行進が行われ、警官隊と衝突し、その結果、5名が死亡し、他100名以上の重軽傷者が出ることとなりました。

それが1952年2月21日のことです。

 

1952年2月21日は命をかけて母語を守ろうとした日

1952年2月21日は、今のバングラディシュの住人らが命をかけて、母語を守ろうとした日です。

その後、バングラディシュはパキスタンから独立を果たしますが、その自治獲得のエネルギーの源泉となったのは「ベンガル語」を国語にしようという住民の母語愛でした。

 

UNESCO(ユネスコ)が国際母語デーを制定

その結果、言語ナショナリズムが人口一億人の「バングラディシュ」という独立国家を作ることになりました。

この母語愛やその力を一番強く認識する日が2月21日です。

そして、UNESCOがこの日の価値を認め、制定したことが理由になります。

 

自文化を作る元になる「母語」の大切さ

国民の思考の元になり、これまでの自文化を作ってきた、そして作っていく「母語」を大切にしようとする日が「国際母語デー」です。

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はたけん
学生生活8年目の現役大学生です。高専生として5年間を過ごし、その後、大学に編入しました。「大学生の日常をちょっと豊かにする」をテーマにはたけんブログ(月間50,000pv)を運営しています。大学生をしながら、エンジニアとしてベンチャーで働いたり、セブ島でマーケターとして月間25万pvのメディアを運営しています。詳細はこちら▶︎はたけんのプロフィール

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